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”フランス・イタリア”リピーターの方へ情報を発信するブログ。

「ならぬことはならぬ」 を未来へ

Bonjour

最近 本当に日本のいいところがなくなってきている気がします
電車の中でも 優先席で若い人がゲームしたり 居眠りしていたり(老人が入ってきても 立つ気などさらさらなし)
混んでいるのに足を組んで座る、歩いていてぶつかっても あやまらない、 本当に公衆で気分を悪くすることが多くなっています たまに とても素敵な人に出会ったりすると(お先にどうぞ と道をあけてくれたり) 本当はこういうこと日本は普通にできていた国だったのにな~~と いつしか自分がばーさんになっているのかと思わされたりします。

日本語の乱れも 甚だしく 短くすりゃいいってもんじゃない と思ったり、かと思うと お店でへ~~んな敬語が連発されてたり

行動も乱れれば言語も乱れて 世界から日本が素晴らしい国と言われているが いつまでそういってもらえることか・・・ もとをたどれば どこからか、、、やはり 家庭教育が乱れているのが主なのではないでしょうか。特に母親の意識の低さ。お母さんがきちんと教えているかどうかはかなり大きいのではないかとつくづく思います。今後の日本の課題は人材育成にあると痛切に感じます

今年は明治維新150周年。戊辰150周年ともいいます。人材育成といえば 福島会津が頭に浮かびます。
そう ご存知「ならぬものはならぬ」の精神です。 現代において多少あてはまらな点もありますが、ほとんど通るといっていいです。こんな「ならぬものはならぬ」精神を もう一度日本人が見直していく時になっているのではと思います。
・年長者の言うことにそむいてはならぬ
・年長者にはお辞儀をせねばならぬ
・嘘を言ってはならぬ
・卑怯な振る舞いをしてはならぬ

・弱いものをいじめてはならぬ
・戸外で物を食べてはならぬ
(・戸外で女と言葉を交えてはならぬ)
ならぬことはならぬ
というもの。。。ま 最後のならぬ はちょっと時代的に無理ではありますが、、、他はすべて学んでいかなくてはいけないと私は思います。(特に赤字)
実際 どういう振る舞いが卑怯なのかさえ わからない人が増えている昨今ではありますが、こういう教育を家庭内でできる人が親になってほしいと願うばかりです。

来年は新たな年号を迎えます。だからこそ過去に学ぶ姿勢をもう一度と思いました。

Mille Joies Planning
Mieko SATO

育ちの違い

Bonjour

梅雨入りしたかと思ったら 台風がきたりで季節がなんだかわからない感じですね
私は今年の4月から 2つの日本語学校で日本語教師をしていますが、、、本当に同じ中国人でも全然違うんだな~~と実感 しています。なにが違うかといえば、、、おそらく頭の良さなどはそうは変わらないかもしれませんが、、、育ち でしょうね。

例えば、姿勢、椅子の座り方、ひじをつくとか 大あくびを平気で人前でするとか、目つきとか、、、どうにもならないところが育ちなのです。注意してもなかなか直りません。それが育ち。
人間が悪いわけじゃないのです。 育ちが悪くても心が温かい人もいるし、育ちが良くても冷たい人もいますから。

ただ、、、やはり この育ちというのはどうにもならないのですね。本人がよほど 「自分はやばいかもしれない」と気がついて本人が注意していかないと、、、気づくことが難しい類のものです。
日本語のことわざで 氏より育ち という言葉があるのがそれを物語ってます。

育ちに一番 重要な役目は 母親です。だから 女性の教育が大事なんですね。女性の品格、教養。
そして この母親の育ちがあまりよくなければ その子はそのまま引き継がれるのです。大きくなってから 学校で注意されてもなかなか直りませんね。

よく どの学校も同じよっていう人いますが、、、、それは違いますね。本当にその学校のカラーがあって なぜこんなにも同じような学生が集まるのかと思います

どちらのタイプの学生に対しても うまく教えることができる教師が一番いいと思いますが、、、なかなか難しいですね

学生たちをみて すぐにその子たちの育ちがわかる年齢になったのだな~~と。自分がフランスへ留学してた25年前には想像もしなかったことです。自分がフランス語の先生からそうやって見られていたのかな~~と思ったりして、ちょっと ドキッとしますね。学生たちをみるたびに・・・

電車の中でのマナーとか 公共でのマナー 家の中でのマナー 学校でのマナー などなど 母親がきちんとしつけてくれることを祈ります

Mille Joies Planning
MIEKO SATO
2018年06月14日 | 教育 | トラックバック(0)件 |

何のため

Bonjour

いま どのテレビ局でも報道されているのが、、、日大と関西学院の アメフトでの試合の事件でしょう
あまりにひどい現実に おったまげました  
でも 結構 いろんな人がそういう世界なんだとか どっか仕方ない的な発言が聞かれます。
でも 本当にそれでいいのでしょうか・・・自分の子供や 身内があ~~いう卑怯なタックルされても 同じセリフを吐けるでしょうか

タックルをした大学生はもうアメフトはしないと、、、会見で言ってたし 自分は間違っていたと。そういう発言をきけて安心しました。当たり前だ!と思いましたが、、、そこを間違えたら なんのため に生きているのか、、、アメフトのために生きていることになります。本末転倒 はなはだしい
人間は幸せになるために生きる。。。誰人もその権利がある。。。そのためのアメフトであり そのための教養であり そのための仕事であり、、、すべては幸せに生きるための手段。いつしか 手段が目的になり 見えなくなると 平気で 監督の命令だからと 生命を奪うかもしれないような殺人になりえるようなことを 平気でするようになる。本当に恐ろしいことです きっとそのことに気が付き 恐ろしさがわかったから あの選手は会見であのような発言になったのだと思う。あの学生は もっともっと 自分のしたことをきちんとみつめ 二度と同じ失敗をしないでほしいと願います。
いま一度 この事件を通して みなが考えるいい機会ではないかと 思うのです。

あ~~したい こ~したい ○○になりたい お金がほしい などなど 人間の欲望は尽きない。でもそれはその欲望の先に幸福があると思ってのことでしょう。 でも 幸福とはいったいなにか、、、を深く考えないといけないのではないでしょうか。
自分の欲望のために他人はどうなってもいい という道は幸福につながらない。
私は常に自分に 「他人の不幸の上に 自分の幸福をうちたてることはできない」 と戒めている。

だいたい、、、できる人間の足をひっぱって それで自分が優位に立てて 本物の満足感を得ることができるのだろうか・・・ 自分に実力をつけようと努力せず できる人間を引きずり落とす なんて 最低の人間がすること。またそんなことがまかり通る スポーツなら それはスポーツとはいえない。即刻 その間違った風習を捨てるべきだと思う。
そこまでして 何がほしいのか  それは本当に愚 の 愚 であると言わざるをえない。

100歩譲ってもし タックルするなら 後ろからなどせず 正面から向かっていけと言いたい。あんな卑怯なタックルはへどがでる
たまたまアメフトでこういうことがあったけれど、、、 社会には同じようなことが多々。できない人間ができる人間を後ろからタックルする。
すべては 根っこは 嫉妬。。。もっともっと 気高く正々堂々と正面から向かって勝負する人間が増えないと 最低最悪な社会になってしまうと思うのは私だけでしょうかね。

本当にこういう事件は悲しいです。悲しすぎる そしてもっと悲しいのは 偉そうな勘違いした日大の関係者たち 日本大学 「破壊は一瞬 建設は死闘」 ということば ご存知でしょうかね。あんな人達が最高学府の関係者かと思うと 大学は出なくてもいっか  なんて思ったり
素晴らしい大学をきちんと選んで学びたいものです

Mille Joies Planning
Mieko SATO

レッドカードの じーじ&ばーば たち

Bonjour

やっと夏休みも終わり、ストレスが解消される日常が戻りました 子供へのストレスではありません。その子供のそばにいる、じーじ&ばーば の目にあまる行動へのストレスです
どんだけ 自分の孫が可愛いのか知りませんが ひどすぎる
私からしたら 本当の愛情じゃないし 人として格好よく生きるとは を教えてない かっこうわる~~~い じーじ&ばーばなのです

ここまで書けばもうだいたい 予想はつきますよね
そうです。 電車の中です。 優先席にじーじ&ばーばが座るのはいい。。。でもその隣に元気いっぱいの孫も座る
電車に アナウンスが入る・・・優先席は体の不自由な人またはお年を召された方にと。。。聞いちゃいねぇ~~じーじ&ばーば
ガラガラなら 私も言わないですよ。もちろん・・ その元気な孫の前に荷物をもったおじいさんが立った 
そしてどんどんお年寄りが周りに乗ってきた。。。そりゃそうですよ。優先席の場所。
どんなにお年寄りが乗ってきても 知らんぷり  あ~~終わった 隣にいたじ~じは なにも言わない。 
「ほらここは優先席だよお前は立ちなさい」 と なぜ言わない? なぜ言えない? バカなのか? エゴイストなのか? 社会性がないのか? やさしさがないのか? 全部か・・・・ 残念
とにかく このじ~じは格好悪すぎ  そしてその孫も 決して素敵な男にはなれない 空気も読めない、、、平気で座っていられる心がもう終わっている。。。。残念 

じーじ&ばーばが孫と一緒に出掛けるのはとてもいいことだと思う、、、ほほえましい方々も中にはいる。。。。ま、がっかりの方がはるかに多いけど
でもそんな大切な時間に孫が大きくなったとき、私のじーじ&ばーばは実は格好いい人だったんだ~~と言えるじーじ&ばーばになろうではないか なんて 思ったりするわけです。

今日からはそんながっかりする光景をみずにすむわけで、、、ちょっと ほっとしたりしているのです

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Mieko SATO

大麻事件

Bonsoir

すこしまえ 俳優の橋爪功さんの息子 俳優の橋爪遼さんが大麻所持で逮捕された べつに芸能人の大麻所持は日常茶飯事ですから あまり珍しい話ではないけれど、、、

たまたま たけしがそれに対してコメントしていたのを聞いて、、、どうなんだろうと思ったのです。
「橋爪遼はもう30歳の大人 未成年じゃないのに 父親の橋爪功さんのところにインタビューって。 親だからっていっても もう30歳の息子の事件なんだから・・・・ じゃ 親が大麻所持で逮捕されたとき 子供にインタビューにいくか?」

確かにね 未成年じゃない。。でも いくつになっても その人間を育てた親の存在は消せないわけで・・・ たけしのコメントが 一瞬 もっとものように聞こえたのですけど、、、はたと考えたわけです。

親子は深い深い縁で親子となってこの世に一緒にいるのだと私は思うので、関係ないことはないのではと思います。未成年だろうが成年だろうが・・・

そして親としては そういうインタビューをうけたとき もう未成年じゃないんだから こっちにインタビューにくるなよ とは思ってないとも思うのです。もしそう思う親がいたら それはそれで 問題というか・・・親は子供がいくつになっても子供なんですから。死ぬまで親は自分が死ぬまで心配もし 責任を負うのだと。だからこそ 子供はその親に親孝行しようとするのではないでしょうか。
それほど 親子の絆は深いと私は思いますね。よくもわるくも。

「どんなに親が立派でも その子供が犯罪者なら悲惨です。反対にどんなに親がどうしようもない親だったとしてもその子供が 棺を担ぐ子供が立派になれば その親は立派になるということです。 」
と 私が高校の時に聞いた話。とても深く感動したこと いまでも忘れずにいます。

Mille Joies Planning
Mieko SATO
2017年06月06日 | 教育 | トラックバック(0)件 |
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Author:Mille Joies
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