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Mille Joies Planning

”フランス・イタリア”リピーターの方へ情報を発信するブログ。

フランスでお見合い?!

Ciao Ciao

フランス留学も数ヶ月経ち、もう仏語にもなれ、フランス人が何を言っているかが大体分かるようになってきたこともあり、色んな人にどんなに私がフランスが好きで 出来たら残って生活したいかって、伝えられる様になってたのもあり、親しくなった大家さんのマダムは、、、なんとかしてあげなきゃって動いてくれた。

私がアパルトマンに引越しして数週間がたった頃、大家さんのマダムから縁談の話があった。紹介したい人がいると 私は30歳になったばかりで、お相手は外科医で35,6歳だったような、、、40歳くらいになってたか。良く覚えていないが 大きなお家にメイドさんと庭師を雇っているようなお金持ちだった 前に日本人の女性とお付合いした事があってとてもいいお嬢さんだったけど、一人娘でフランスには残れないという事で断られたという事をマダムから聞いていた。(ホントに好きなら一人娘でもフランスに嫁に来れるはず。それは呈のいい断りの理由だなってピンときた、、、残念ながらその勘は的中した)

2,3回一緒にお食事しただろうか・・・そう、3回目のお食事の時にはっきりもう会うことはないとお断りしたんだった。 人間的に尊敬できない人とは一緒に生きてはいけない。どんなに生活に困らない財産があったとしても。。。それはそれは 豪華な生活が約束されていたと思う。家の調度品は全てナポレオン3世時代のもの。(おちおち リラックスして座れない椅子) 食器は銀食器。(重くて重くて 紅茶のおかわりするのも大変)庭には常に私の大好きなバラが綺麗に手入れされ、よく躾けられたドーベルマンはいつも凛としてご主人に使えていた。(なんだか、整いすぎた生活。絵にかいたみたいだった)
初めて彼の家に招待されて ティーパーティーをしてくれたとき、帰り際、庭師にいいつけてブーケにしてくれていたバラの花束を私に手渡ししながら、「このが 枯れないうちに また会いましょう」といったあのスマートな2回目のデートのお誘いは、恐らくもう2度と味わえないことだろう もちろんそれはパクリ。オペラ好きの方ならすぐお分かりのはず。。。彼は無類のオペラ好きでしたから。

まだ30歳の私は(もう30歳か・・・) 正義感もまだまだ強くて、まだ理想を抱いていたし、財産より大事なものがあるなんて真剣に思っていて、、、(それは今も変わってないが・・・)
マダムにはもっと大人になって自分のフランスに残りたい という夢を手段を厭わず、実現するぐらいの図々しさがなきゃ、、、甘いわね。って言われた、、、誰と結婚したって数年たてば一緒なんだから、ともマダムに言われたのをはっきりと覚えている。そういう事をいう女性って日本にもいるが、、、、私はきっといくつになってもそういう生き方はできないだろう

私はどんな事をしてもいいから、フランスに残りたい とは思っていなかった。正々堂々と残るなら残りたい。もしそれが出来ないなら、そういう実力をつけてどういう形になるかはわからないが、またフランスに帰ってこようと決意した その彼が拝金主義でなかったなら、女性を子産みの機械と思っていなかったら、、、もしかして私は今頃、フランスでナポレオン3世に囲まれて生活してたのかしら?なんてね

外科医の彼はかねてから依頼のあった、北アフリカの病院にそれからまもなくして旅立ったそうだ 今は懐かしい思い出。Merci Monsieur !!

L'argent ne fait pas le bonheur.....je crois.Mais il est important quand meme....
Comment utiliser?

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Mieko SATO



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