FC2ブログ

マダムと別れる日 

Bonjour

Il fait doux aujourd'hui

1992年10月からホームステイで語学学校に行き始めて、マダムとも母娘のような関係になれたにもかかわらず、、、究極の選択をしなくてはいけなくなった
所持金がドンドン減ってきて、、、1日でも長くに滞在し仏語を学ぶ為には、もうそろそろ滞在費が節約できる 1人暮らし を余儀なくさせられたのだ。

確かにホームステイはお食事も2食付いているし、マダムとも話しが出来る、最初は自分の為に1人暮らしではなくホームステイをお勧めする。右も左もわからないし、なんといっても言葉の為には1人でいるのは上達が遅れるからだ。言葉はしゃべらないと上達しない。

渡仏して3ヶ月たった頃、もう帰国を考えている日本の学生とばったりカフェで隣り合わせたもう帰国が間近の彼は今自分が住んでいるアパルトマンがとっても安くて広いし、大家さんもいい人だし、出来たら日本人を紹介してほしいと大家に頼まれたと私に話ししてきた。私はそれまでホームステイを出ることなど考えた事はなかったが、それから帰って計算したら1人暮らしをしたら1ヶ月は滞在が延ばせそうだった。その代わり自炊は必須だが・・・

それでマダムと離れたくないし、ここを出るっていう話をするのは辛いな?と思いつつ、でも嘘ついて出て行くのは私のやり方ではないので。全部正直に話しをした。といってもかなり拙い仏語ではあったが。 マダムはとても私の心を分かってくれて、「いくらならここに残れるのか?」って聞いてくれた。その代わり学校には内緒だといわれた。マダムの気持ちは涙が出るほど嬉しかったでも、それもまた私のやり方ではない。他の人より安くしてもらって置いてもらうのは、はっきりその場で断った。そしたらマダムは何も言わず D'accord と一言。それからは それまで以上に仲良くそこを引き上げるまで過ごせた事は本当に幸せだった

それどころか、マダムは新しく住むアパルトマンにはシーツはあるのか? タオルはあるのか?って心配し、引越しの当日は当分の生活に困らないだけのものを用意し、手作りのたくさんのジャムと一緒に持たせてくれた 

この恩は絶対に仏語をマスターしていつの日かお返ししようとその日、心に決めたのを今でもはっきり覚えている。
私がフランスに関係する仕事について、今マダムと関わっていられるのが何よりも嬉しい