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逆境に勝つ力 

Bonjour

私はスマホで NHKラジオの「らじるらじる」 というのをダウンロードして フランス語を勉強しているのですが、この「らじるらじる」結構 すぐれもので、、、いろんなラジオきけて楽しいのです。電車の中はスマホは使いますが 画面を見るのではなく ひたすら耳 を使ってます。疲れているときは クラシックも聴けるし おすすめ

先日たまたま 聞き逃しの中の(すでにラジオで放送されたものもあとから聞ける窓)文化講演会というところで、、、目に留まったのが 丹羽宇一郎氏の講演 「逆境に勝つ力」 と題した講演でした。
どんな話をされるのかと 興味津々で聞き始め 聞き入ってしまいました。本当にそのとおり そのとおり と納得しながら。ご興味ある方是非聞いてみてください。 3/30までは聞き逃しの窓から入れば聞くことができます

結局 国と国との問題も突き詰めていけば その国を司っている人間の問題と通じていく。というところに最も感銘をうけました。
学校でも いままで お山の大将で威張っていられた人間の前に その場所を脅かすようなできる人間 魅力ある人間 がくると 排除しようとする。これは悲しいかな 太古の昔から変わらぬ人間の持っている醜い部分であると。組織でも国でも規模が変わるだけで同じことが行われている。その果ては 戦争だと。本当に納得です 
自分より優れた人間に対して排除するという発想ではなく、自分はその人より努力が足りないのだ 一層の努力をしようと前向きに生きるのが 逆境に勝つ力 と言えるのではないかと。 とはいえ 実はそれは逆境でもなんでもないのだけれど・・・逆境と思ってしまうことに問題があるのだと。 ま 確かに自分は大変だとか 自分ほど不幸な人間は居ないだとか、自分ほど苦労した人間はいないとか 言っている人間は魅力的ではない そういうのは他人が言う台詞。
他人がみて なんて苦労しているのか 大変だな 頑張っているな と思える人が 笑って愚痴を言わず 言い訳せず 挑戦している姿はなんとも美しいそんな生き方をしたいものです

丹羽さん曰く・・・人間の能力はほとんど変わらない 努力をしたかどうかだということでした。
格好悪い 言い訳人生ではなく 挑戦の人生をと思います

丹羽さん もっと講演をたくさんしてくださ~い

Mille Joies Planning
Mieko SATO

SNSの問題なのかな?? 

Bonjour

最近のニュースで騒がれている未成年者の簡単な家出がSNSのせいで可能になっている問題です。いろんな方がSNSの問題という観点で討論したり、どうするスマホ、、、など。。。でも根本的な問題は本当にそこなのでしょうか・・・ と思ったりしているのは私だけでしょうか。

ここまで生活の中でスマホが必需品となり どこをみてもスマホをしている大人たちが街には沢山 私は前から歩きスマホに対して苦言を呈してきた一人ですが、、、私のそのフェイスブックの投稿も見てみぬふりしないではいられない大人たちがどれだけいるか、、、そこまで中毒化している。 だれよりも大人が中毒になっているだいたい「ながらスマホ」で運転なんてありえない、それで大事な命が奪われても 平気でまだ「ながらスマホ」しているあんぽんたんが横行したり、危険だと想像ができないバカな大人が歩きスマホしてぶつかっても謝らないような最低大人がおおいのに なんで子供に教育できるのか、、、

もちろんそれを利用して犯罪を犯す犯人は最低です。でも それだけが問題なのか・・・またそんな犯人もどんな親にそだてられたのか、問題は根本から考えないとどうにもならない と 思っているのは私だけではないでしょう。

 SNSをして家出をして 見知らぬ男の家に簡単に行くような子供にしたことを親は心から反省できているのだろうか って私は思っちゃうんです。子供は悪くない、子供は親の鏡だから。。。誰がそうしたのか 誰がその子を育ててきたのか もう少し 原因を自分以外の外に探すのではなく、まず自分を振り返る 私の子育ては本当に子供を思っていたのか それとも自分のための子育てだったのか と。
なにか問題があったときは まず 原因を外に探すのではなく まず自分を と思えたら世の中はもう少し変わるのではと思うのですが、どうでしょうか。 その上で SNSの使い方を考えるとか 無料ダウンロードでそういう子供たちの救済ができるようにするとか、、、という問題を考えていく 順番はそうだと思うのです。違うのかな。。。。もう今更 スマホを使わないようにするとか まず不可能でしょうに。。。

昔 私が留学したフランスの授業で どうしたら 「戦争はなくなるか」 というテーマで討論したとき ほとんどの学生が
「武器をつくらなければなくなる」 という意見に対し 私が 「その武器を使うかどうか 人間が問題だから人間が変れば目の前に武器があっても使わないはずだと」 答えて先生がとても私の意見を尊重してくれたことを思い出しました。でも武器がなくなればと言った学生は 私が言った意味を理解できなかったのも 興味深かったのも覚えてます。
蛇足でございます。

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Mieko SATO

育てたように接しられる 

Bonjour

先日たまたま深夜にテレビをつけたら 何人かの方が登壇して介護問題について講師の方が話していたので、ついつい見てしまいました。私も母の世話をしているので聞きいってしまいました

ちょうど私が聞き始めたとき こんな話をしてました。
介護ホームに会いに娘が行くと ある親子の場合、、、パターン1
母親に会った早々「はやくしてっ!」「何してんの!」「ほら 落ちた!」とガミガミ
もう一組の親子はどうかというと、、、パターン2
「おかあさん、こぼれちゃったねぇ~気をつけないとね」「ゆっくりきていいわよ」「どうしたの?大丈夫?」
全く違う会話が聞こえてきたというのです。
だいたい 高齢の介護が必要になった方はものを食べようとしてこぼします。その時娘がどういうか 

第三者的に聞いていると パターン1の娘は ひどい鬼娘と思われるし パターン2の娘はなんて優しい娘なんだろう と
思います。
でもその講師の方が言ったんです
パターン1の娘さんは 「このお母さんにこうやって育てられたんだな~~」 と。パターン2の娘さんもしかり。
講師の方が最後に言ってました。
高齢になって 優しく接してほしかったら 自分が子供を育てるときに感情に任せて叱らないこと ガミガミ言わないことです。と。

因果ですね。。。こんなに高齢化時代が到来するとはだれも予想がつかなかったですね。もう100年年時代。昔は子供に迷惑かける前に ちがう☆に行かれる方が多かったため あまり問題視されてこなかったが、、、
どう 自分が育てたかが 浮き彫りにされ そして自分に返ってくる  時代になりました。

子供は親の所有物では決してありません。一人の人間として尊重し、 自分の子供に生まれてきてくれたことに感謝できる親が増えてくれることを祈ります。そうすれば 自分もあとから感謝される存在に必ずなるんです。因果ですから・・・
(もちろん 感謝してもらうことを計算しろ って言ってるわけではありません。誤解なきように)
親子がそうやって 尊重しあい 尊敬しあえば、ひいては 世界平和の道につながっていくのではないでしょうか。。。
全人類が親に恵まれ 親に愛されたら 戦争なんてあるはずがないです。攻撃的になったり 憎しみや憎悪の感情は愛してもらえなかった人が 尊重してもらえなかった人がもつ感情なのではないか と 思います。
世界平和と言っても 身近な親子が平和でいなければ 似非世界平和で終わります。

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Mieko SATO

姜尚中氏のコラム 

Bonjour

紅葉の美しい季節になりました 温泉もいい季節

先日ある新聞に東京大学名誉教授の姜尚中氏の記事がでてました
 新著「母の教え 10年後の”悩む力”」 の中で古希を前にしたからこそ思い出す母の教えがあることが書かれています。
そのお母さまは 「世の中には2通りの人間がいる。情のある人間とない人間だ」 という趣旨のことを繰り返し言っていたとあります。
 そして姜尚中氏は今になって、その言葉の意味がよくわかるとありました。たとえば、思想的には到底理解できないような極右の人がいます。でも話してみると、情がある人がいる。一方で左翼的な人で普段から人権を口に出す人なのに、話してみると意外に情が薄かったりする。 情がある人とは主張が異なっても、人間として通じ合う部分があります。と

読みながらなるほどな~~と
姜尚中氏は言います
言い換えれば共感のことでしょう。相手の苦しみや喜びをともに感じ合う力です。
人間の好き嫌いが激しかった母ですが、お金があるかないかよりも、知識があるかないかよりも、情があるかないかを、人間を見る最後のよりどころにしていました。
情をなおざりにするというのは、人間の身体性を無視するということでしょう。身体で感じたことを大切にし、他者の感情にも共感するという営み、こうしたことから離れて生きれば 結局は、人間そのものが壊れてしまうと思うのです、と。。。

だから いま 壊れている人間がたくさんいるのですね。。納得です

そして最後に姜尚中氏は、、、
「食」は人間に基本的な身体の営みで、家庭や仲間同士で食事を共にしたり、「おいしいね」などと語り合ったりする中で、共感が育まれ、絆が強まります。食を大切にすることが、身体性を大切にし、情のある人間を育むことにつながるともいえるのではないでしょうか。

私もかねてから「食」を大切に考えている一人ですから とてもこの姜尚中氏のコラムを読んでこれからの日本に(世界に)必要なことの一つなのではと思いました。豊かな生活をもとめすぎてお金をかせぐことばかりに目がむけられ(それが幸せと信じ) そのために家族と一緒に食事ができなくなれば そこにいる子供たちが健全に育つはずもなく、、、
姜尚中氏のお母さまの人間をみる判断基準はとても参考になるのではないでしょうか・・・

そろそろ年末の忘年会シーズン。お酒 を飲むだけが忘年会ではありませんから、、、「食」をともにし  共感しあう時間をつくりましょう

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Mieko SATO

「ならぬことはならぬ」 を未来へ 

Bonjour

最近 本当に日本のいいところがなくなってきている気がします
電車の中でも 優先席で若い人がゲームしたり 居眠りしていたり(老人が入ってきても 立つ気などさらさらなし)
混んでいるのに足を組んで座る、歩いていてぶつかっても あやまらない、 本当に公衆で気分を悪くすることが多くなっています たまに とても素敵な人に出会ったりすると(お先にどうぞ と道をあけてくれたり) 本当はこういうこと日本は普通にできていた国だったのにな~~と いつしか自分がばーさんになっているのかと思わされたりします。

日本語の乱れも 甚だしく 短くすりゃいいってもんじゃない と思ったり、かと思うと お店でへ~~んな敬語が連発されてたり

行動も乱れれば言語も乱れて 世界から日本が素晴らしい国と言われているが いつまでそういってもらえることか・・・ もとをたどれば どこからか、、、やはり 家庭教育が乱れているのが主なのではないでしょうか。特に母親の意識の低さ。お母さんがきちんと教えているかどうかはかなり大きいのではないかとつくづく思います。今後の日本の課題は人材育成にあると痛切に感じます

今年は明治維新150周年。戊辰150周年ともいいます。人材育成といえば 福島会津が頭に浮かびます。
そう ご存知「ならぬものはならぬ」の精神です。 現代において多少あてはまらな点もありますが、ほとんど通るといっていいです。こんな「ならぬものはならぬ」精神を もう一度日本人が見直していく時になっているのではと思います。
・年長者の言うことにそむいてはならぬ
・年長者にはお辞儀をせねばならぬ
・嘘を言ってはならぬ
・卑怯な振る舞いをしてはならぬ

・弱いものをいじめてはならぬ
・戸外で物を食べてはならぬ
(・戸外で女と言葉を交えてはならぬ)
ならぬことはならぬ
というもの。。。ま 最後のならぬ はちょっと時代的に無理ではありますが、、、他はすべて学んでいかなくてはいけないと私は思います。(特に赤字)
実際 どういう振る舞いが卑怯なのかさえ わからない人が増えている昨今ではありますが、こういう教育を家庭内でできる人が親になってほしいと願うばかりです。

来年は新たな年号を迎えます。だからこそ過去に学ぶ姿勢をもう一度と思いました。

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Mieko SATO