”フランス・イタリア”リピーターの方へ情報を発信するブログ。

帰国

Bonsoir

1993年7月16日に9ヶ月のフランス滞在にピリオドをうち、帰国した
7月14日のパリ祭を友人達と過ごして、、、バスティーユ広場で夜中まで踊ったのも、もう16年も
前のこと。

その当時はバスティーユ界隈はあまり治安がよくなくて、(今はかなり良くなって、お洒落。) ちょっと危ない感じのカルティエだった。昨年行ったときは全くそんな場所ではなくなってて、本当に時の流れを感じる。

1992年10月7日 私は殆どフランス語が出来ない状態でフランスにきて、、、悪戦苦闘を突き抜けて、言葉の習得だけでなく、(←これはそんなに目覚しいものでは実はなかったと思う)
私が学んだこと、脱皮できたこと、反省したこと 等々、あまりにも多くの収穫をもって帰国した。フランスで生活した9ヶ月は私にとって本当にかけがえの無いものになった。私の人生はそれまでと180度変わったことは間違いない。

渡仏前 渡仏後で 何が変わったかと 具体例を挙げれば…食べ物の好き嫌いが極端に減った事、(良く食べるようになった)、体が丈夫になったこと
この2点は人間が人間らしく生きていく上で実はとても大事なことなのだ。逆にいえば、、、食べ物の好き嫌いが沢山ある人、体の調子をよく崩す人は精神的になにか 解放されてない場合が多いのだと思う。

フランスの社会が、文化が、フランス人が、私に一番教えてくれたことは 好きな人達と楽しく美味しく食事をすること。食事中にいろんな会話を楽しむこと。食べることは生きること 
日本でも そうしていた と思ってたけれど、、、そうじゃなかったんだと痛感した。そして何よりも私がフランスで掴んだものは、自分の考えていることや 夢 を持ち続け、それに向って人生を歩んでいく事が 決して悪い事ではないのだ という事だ。そういう風に生きていいんだと自信を持てるようになたこと、これが最大の収穫だったと思う。(今はそんなことは普通に日本もなったと思うが、私が20代の頃は 女性が30歳目前に留学だぁああ??って人の方が大半で、人間として道に外れているとか何を考えているんだ とか と思われて当然の時代だった。)

自分は自分の信じる道を行っていいって、、、その自信によって、好き嫌いなく食事をとれるようになり、それによって 体の調子がドンドンよくなっていった。心身ともに健康でないと人間は楽しく生きていけない。心と身体は別々ではない(不二)と この9ヶ月のフランス滞在で実体験し、それから私の人生は大きく変わっていった。

とはいえ、仕事をしていると絶えず 自信喪失するようなことが起こり、その度に立ち上がらなくてはならないのが現実。でも 大好きなフランス語に常に触れられる仕事をし、フランスを大好きでフランスで学ぼうと志す若い人たちと接する事ができる こんな素晴らしい仕事が出来ることに感謝しないではいられない。フランスが私にくれた貴重なエスプリに対し、私は一生 フランスに恩返しをして行きたいと思っている。

あの9ヶ月がなかったら私は今頃何をしているのだろう、、、、長い人生のなかのたった9ヶ月。
されど 9ヶ月。
Je vous remercie beaucoup la France......Grace a vous je peux vivre avec mille Joies!!


Mille Joies Planning
Mieko SATO





Depart 帰国 avec Laguiole

Bonjour

Il a neige aujourd'hui. tres tres froid aussi

さて、、、留学の滞在もあと残りわずかとなり、帰国の日が決まって。仲良くなった友人達が”さよならパーティー”を企画してくれて、、、プレゼントをしたいから何が欲しいか言えっていうので、遠慮なく、Laguioleの折りたたみ式のナイフが欲しいと御願いした。

前回ブログで隣のマダムが私を一緒に自分のご実家のアルビに車でよく連れて行ってくれた話は紹介したが、その車で帰る途中の街にLaguioleがあって 一度 途中下車して この街はナイフで有名だと案内してくれた。そのときみた ナイフの美しかったこと。それが忘れられなくて、プレゼントしてもらうなら それにしようと思った。折りたたみのナイフの柄の部分がいろいろなこだわりがあり、それによってお値段も全然違う。もちろん 切れ味は最高。重厚だし・・・今でもフランスやイタリアに出張に出るときはスーツケースに常備だ。ナイフは重宝する。林檎食べたり、サラミ切ったり、チーズ切ったり全て食べるため。。。だ
そして Laguioleのトレードマークの蝉の彫り物がついていてとても可愛い

ってな訳で”さよならパーティー”は7月のとてもお天気のいい爽やかな風が吹いていた日、、船上レストランだった。結局友達の友達みたいな人もいれたら、、総勢 30人くらいフランス人が私のこの帰国パーティーをいいことに 集まってきて ワイワイガヤガヤと暗くなるまで 食べて飲んで歌って踊って・・・

そして私のプレゼントは すて?きな Laguioleナイフ 予定通り。 でもナイフは「切る」ものだから、友情を切る ということ(迷信だけど)を避けるために、プレゼントしてくれた友人達には1人 1フラン(当時はフランスフラン) ずつお金を渡して(返して) って言われ 1フランを何枚か用意して行ったのも 懐かしい思い出。

そこに私とかなり仲良くしていたフランス人の友人の友達で、ピアニストがピアノを弾いてくれる為にわざわざパーティーに来てくれて 始めて帰国を目前に会った。
そのピアニストから帰国後 素敵な曲が届いたのも懐かしい。電話もよくくれました
なぜに 帰国寸前にしか会えなかったのかぁああ?と・・またまたフランスに残る縁のないことを思い知らされた出来事でもありましたね。

C'est la vie...... ce n'etait pas bon moment de rester en France pour moi.
Le temps est tres important.

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Mieko SATO




隣のマダム

Bonjour tous !

またまた今日は寒くなりましたね、、、この寒さの中 今日は神楽坂でランチしてきました フランスつながりで親しくさせていただいている方と
神楽坂は本当に私は好きな街で、、、山の手の下町とか言ってましたけど確かに
美味しいものたくさんあるし、物価比較的安いし、ちょっと粋だし。

さてさて、、、私の留学体験もそろそろ終わりに。

でもやはりこれは書かないと・・・1人暮らしを始めてアパルトマンに住むようになって
大家さんとは親しくなったことは書きましたけど、、、いつも 可愛く澄ましたプードルを連れていた隣のお洒落なマダムとも親しくなり 
そのマダムのご実家のALBI(素晴らしい街)によく週末は 真っ赤なROVER の車で連れて行ってもらいました 片道ゆうに3時間はかかる道のりを 革張りのシートにまったり。
あまり英国車は好きではなかったけれど、、、でもそのマダムの真っ赤なROVERはとても素敵でした。いつも 年のわか?い BFと一緒にいるのですが・・・何故かご実家に行くときは私を誘ってくれたんですね。ご実家のお母様は私を孫のように大事にしてくれてかなり大きなお家だったので 私専用のお部屋にすて?きなベッドを作ってくれたりと 王女様気分を味わう事ができた貴重な経験でしたね

またそのお宅の目の前はちょっとした草原のようになっていて、春4月には一面に黄色い可憐な野生の花が咲くんです 名前はなんて言ったかな? 金鳳花(きんぽうげ)かな・・・風にゆれているその黄色い花をみていると 本当に幸せな気分になりましたよ? もうあの場所にはきっと2度といけないだろうけれど。今でもはっきりその絵が頭に浮かびます。

夕食は外のテーブルでよく頂きましたねぇええ そのマダムのわか?いBFがすて?きにワインをあけて これがまた いいボルドー 一回間違えて かなり いいワインをあけちゃったみたいで、、、私はテーブルの下でガッツポーツ 間違えてあけてくれて有難う!Merci Monsieur って感じでした。もう開けたものは 飲むしかない! 

なんかその美味しい高価なボルドーの味より 「仕舞った!間違えたっ」って顔が忘れられなくて。。。いい男だったけど かなりチンケなMonsieur だったから、そのワインを間違えて開けちゃった事をしば?らく 悔いてましたよ。(笑えるほど)
なんで あの素敵なお洒落なマダムがこ?んなm(_ _)m  Monsieur といるんだろうっていつも思ってましたねぇえ。ま!人生色々。そんな事もフランスで学んだ一つです

もう一度 あの金鳳花が風に揺れる風景が見れたらな?とふと思ったり。そのお洒落で素敵なマダムは今頃どうしているのだろうか。。。きっともうあのBFとは一緒ではないだろうな、、、そして 真っ赤なROVER も 。。。お洒落で素敵なマダムももう ”アラ還”  Le temps passe vite.


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Mieko SATO



Supermarche スーパーで。

Bonjour

暖かかったり寒かったり、、、これが春到来の前兆でしょうか。三寒四温

さてさて留学体験ももう終わりに近付いてます。
半年をすぎ、7,8ヶ月になった頃でしょうか、、、ホームステイを出て1人暮らしにも慣れ、、、帰国を目前にして、、、生きた仏語をなんとか少しでも身につけなくてはと思い、時間があれば、街のスーパーをウロウロした。

スーパーには Madame(っていうか おばちゃん)がたくさん 買い物に来ているどこの国にも居る、世話好きの気のいいおばちゃん。その上おしゃべりがだ?い好きときている。これを活用しないではいられない。特にフランス人はおしゃべり好き!ちょっと 渡る世間の世界に近い 

1人暮らしで食料買出しもあり、毎日その日の食材を買いに行っていた。美味しいものを安く作りたかったし。そこでスーパーの肉売り場にいるおばちゃんに「Bonjour Madame 今日は何を作るんですか?フランスの家庭料理を私は作れるようになりたいのだけど、、、」って話かける

「Bonjour Mademoiselle あらら お料理するの?いいわよ 今日はポトフにするから、私と同じもの買いなさい」って。それから おばちゃんが延々ポトフをいかに美味しく自分は作れるか 自慢話が始まる(ポトフに作り方なんて あんの?って思いながら、、、) そこの顔見知りのおばちゃんがやってきて、、、ポトフの作り方から全く違う話になり、でもそっちの話の方が数段面白く・・・ゲラゲラ笑っちゃう。(ちょっと内容は披露できませんが・・・)

てな感じで ドンドン街のスーパーのおばちゃん達と顔なじみになり、いろんなフランスの家庭料理を教わった。全くその成果を発揮できる場がいまだに得られてはいないが・・・
お料理だけでなく なんと こういう会話によって 沢山の単語を覚えられたのが何よりも収穫だった。言葉は生きているから、、、使っていないといけない。

今でもあのスーパーで会った愛すべきおばちゃん達に感謝している。それも「無料」で仏語とお料理を教わったのだ、、、Grand Merci Medames


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Mieko SATO




靴の修理やさん

Bonjour

今は丁度花粉症の時期で今年も私は肌荒れに苦しんでおります。
フランスに居た頃は全く 花粉症 とは無縁だったのに これも老化の一つだろうか・・・

さてさて 留学体験の中で印象に残っている出来事の一つに、街の小さな靴の修理やさんの存在がある。私は靴が大好きで、お気に入りの靴は長く履くのを常としている。体の為に靴だけは、安物を買ってはいけないと、なんかの本で読んだこともあって、たくさんは買えないが、いいものを買うようにしている。

フランスを訪れるようになって、私の靴好きも更に拍車をかけた。なんとも素敵な靴がたくさんイタリア製のものは特にいい。。。 靴が素敵なのはもとより、、、
フランスやイタリアは靴に関しては進んだ技術があるのだと聞いてはいたが、まさに職人仕事で素晴らしいものがあった本当に靴が生き返る

私が留学した小さな町にも優れた技術をもっている靴の修理やさんがあって、そこの職人のMonsieur と というより おじちゃんと顔なじみになった。靴やさんも靴を愛している人って分かるみたいで、自然に仲良くなった。大切に大切にしている靴があって、それを修理に出して戻ってきたときの感動は今もなお鮮明に覚えている。

修理してくれたおじちゃんは若いときからこの仕事に打ち込んできた風の方で、人の良さそうな人だった。Sa femme (奥さん)も とても感じのいい おばちゃんで、、、街ですれ違うと必ず声をかけてくれた。。。こんな愚直に自分の仕事に打ち込んで、そんなに高くはない報酬で 生き生きとしている彼らはとても輝いていた。自分の仕事に誇りを持って打ち込める仕事があるって凄い。

時々、ふと 今でもあのおじちゃんとおばちゃんはフランスの小さな街の小さな靴の修理やさんで頑張っているだろうかと思い出す。残念ながら、あの修理のレベルの高さは未だ経済大国日本で私はお目にかかれないでいる。


Bravo Monsieur vous etes vrai artisan


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Author:Mille Joies
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