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”フランス・イタリア”リピーターの方へ情報を発信するブログ。

日本語教師の現実

Bonjour

9月末で 浅草の日本語学校を退職しました。といっても半年しか働いてませんが 
10月からは 日暮里の学校だけに絞って教えることになりました。それも週1だけ。あまり学校にとっては重宝な教師ではないのですが、とにかく人がいないとかで このわがままを聞いてもらってます。

日本語教師と言っても 仮にも先生と呼ばれる立場ですから、 とにかく責任感を持ち、授業がうまい うまくないは置いといても、一生懸命学生さんたちを思って授業をする というのが基本中の基本です。

それがです、、、結構ひどい先生たちがいるのです。とくに男性教師 
定年退職して 何もすることがないから 日本語教師でもするか ってな 安易な気持ちで来る人も少なくないのが現実です。だから 平気でドタキャンしたり、 授業中に教室から抜け出したりする、、、教師ですよ。
そのうえ プライドだけは ちょ~~~高いから 年下のキャリアのある先生の指摘を聞けないのです
学生さんたちを 下にみて 偉そうにする授業なんて 聞いていられないです 母国語を教えるって どれだけ大変か本当にわかっていないのです。 大手の会社で長年勤めて 仕事ができなくても高給とって会社に居られた時代に生きてきた人たちがいま、日本語教師をしているケースが大 大 大 

自分の授業がうまい なんて思っている先生がいたら 自分に酔った授業になり、、、見ていられないです
たま~~に いますけど 勘違いしてはいけないですよね。何事も・・・

9月末に辞めた浅草の学校から 1週間も経たないうちに ちょっと助けてくれないかとSOS きけば新学期10月から働くことになっていた男性教師がドタキャンをしたとか・・・ 前学期の途中から働いていた男性教師ですが、授業も海外で英語で教えていたらからと 中国人相手に英語で説明したりしてたと、、、その上 ドタキャン。教師の前に 人として失格でしょう。。。そんなことがまかり通っていいはずはない。同じ仕事をしているものとして許せないです。できないなら きちんと退職すればいいのです。

人にものを教える立場の人間は 常に自分に厳しく 自分を律し 勉強しつづけないと。いつしか 勘違いし腐ってしまいます。先生と呼ばれていると 勘違いしやすいのです。

反対にサービス業は全く反対で、、常にお客様に気をつかい 勘違いできる立場ではないです。
どちらがいいとか 悪いとかではないですが、、、先生と呼ばれる職業は自分で気をつけていかないと 裸の王様 になります。
あ~~~ 絶対それはいやですね

Mille Joies Planning
Mieko SATO

先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし

Bonjour

いよいよ 私も今週の授業を終えたら 日本語教師を始めて1年が経とうとしています。とはいっても 週1しかやってないので、まだ経験があるとはいいがたく、、、今期のみ週2をトライしましたが、、、予想通り ボロボロ。抜けること多々
ほかの先生に迷惑をかけっぱなしでした
それでも 手抜きでやったわけでもなく、、、 必死だったのですけど、、、反省することばかり。。。とても 先生と呼んでもらえるものではないです。(もともと先生という呼び方に抵抗はあるのですが) 

とはいえ、、、学校の中には かなりのベテラン先生もいて、、、先生と呼ばれるのが当然のごとくの方も。○○さん なんて呼んだら 目が△になりそうです
よく母が私に言ってます。 戒めでしょうが・・ 先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし と。
ま 意味はあえて書くほどじゃないですが、、、、こういうことだそうです。
「『先生』と呼ばれて得意となっている者を嘲笑して言う言葉で、むやみに人のことを先生呼ばわりする風潮を皮肉って言う言葉。「『先生』と呼ばれても必ずしも敬意が込められているとは限らず、反って馬鹿にされている事もある。

先生という職業は不思議に 人を勘違い させる職業なのかもしれません。 だからこそ している人間はよくよく気をつけないといけない。 もちろん その道ではすごいでしょうけどね。。。逆にいえば 融通きかない専門バカに簡単になりうる。 もちろん それは人間性によるので そうじゃない先生方も存在してます
専門バカになってから批判しろって 言われそうですが。。。。 そうはなりたくないと思っているので、常に自分を客観視していたいと思ってます。

結局は どんな仕事もその人の人間性がうきぼりになりますね。 人間性を磨くしかない。。。日本語教師を1年経験して、毎日授業の前に祈ることは 今日も楽しい授業ができますように。そして たくさん笑いがでますように・・・みんなが笑顔で授業ができますように、、、自分がフランス語を学ぶ学生側にいまでもいるので そう思うのです
先生をしている人間は 別の世界で学生でいれば 学生の気持ちがわかるのではないかな~~と。。。ず~~~と先生と呼ばれてたら 恐ろしい人間になりそうです

Mille Joies Planning
Mieko SATO

日本語

Bonjour

日本語教師を始めて半年以上が経ち、10月期が始まりました。それまでは 週1回のひとクラスでしたが なんとこの10月期からは週2回 同じレベルではありますが ちがうクラスで2クラスで教えています。12月半ばで年内は学校は終わります。そして私も教師歴1年となります 何があっても1年は頑張ると決めて始めたこの仕事。この1年はフランスにもいかず、、、行けず、、、です そんなことをしている余裕などありません。責任もあるし、万が一フランスでなにか事故に巻き込まれたら ほかの先生にご迷惑がかかるし、、、だから1年は専念しようと決めたわけです

そして私が教えた犠牲者の学生も 100人を超えます 100人は犠牲になってもらわないと 一人前の教師になれないと言われて始めた、この日本語教師ですが、100人で一人前なんて 到底なれるものではありません ただ とりあえず そのくらいやらないで 辞めてしまってはやったとは言えないということなのでしょう。昔はなんでも最低3年でしたけど、、、そして あまり同じことを長くしていると 惰性にもなるし 慢心にもなりやすい。。。難しいところですね。
日本語を教えているようで たくさんのことを学ばせていただいているのが現実です。本当にやってみてよかったと思ってます。

日本語教師の資格を取る人はかなりいらっしゃるし、日本語の先生を始める人は結構いるのですが 辞める人もたくさんで、、、常に人が足りない状態のようです 確かに授業までの準備があまりに大変で その割に手元に入るものは少ないので これで生活しようと思っていると難しいわけです。
だから 定年後のちょっとお金に余裕のある方や 他に仕事が持っている人が多いので 教師陣はかなり平均年齢高いです

この10月期から ちがうクラスをもってみて、、、クラスによってとても雰囲気が違ってやりやすいクラス(元気でよく発言する)とやりにくいクラス(静かで発言もあまり積極的でなく わかっているのかわかりにくい) とがあるのだと 最初の時間ですぐに感じました。でも 1か月経ってみて 教師がやりにくいな と思った瞬間 学生たちは教師がそう感じたことを100%受け取るのだと わかりました。そして どうして静かで発言しないのか それは自信もないし、話せない ということだったのだと。。。それをわかろうとする前に あ~~~このクラスは暗いな やりにくいな はっきりしろよって思ってしまった自分を深く深く反省しました  もう一つのクラスと比べていたわけです。なんとかわいそうなことをしてしまったのか、、、本当も申し訳ないと思いました。そう思って 授業に入った瞬間 クラスの雰囲気が変わったのです。
相手じゃない 自分だったんだな~~と だれかと比べられて 心を開くはずもなく もっともっと 物言わぬ学生に寄り添って 心の声を聞いてあげられる教師になりたいと思いました。自分が フランスで話せなくて話せなくて 何言っているが全然わからなくて 苦しんでいたころを思い出し、、、私にはその経験があるはずなのに忘れていたんです。自分だって そうだったのに・・・
11月から また 新たな気持ちで 日本語をともに勉強していきたいと思いました

Mille Joies Planning
Mieko SATO


日本語教師

Bonjour

今年の1月から 週に1度 日本語学校で日本語を教えてます というのはもうすでにお知らせした通りですが・・・
この6月で 半年終わります。1年はなんとか頑張ろうと思いますが、、、毎週 ヘロヘロです

それにしても 日本語教師って やめる人が多くてびっくりです。 私が教えている学校も 入ってはやめ 入ってはやめでいつも募集してます。この学校だけではなく、どこの学校も同じ問題を抱えているようで、、、いまや 常に足りない状態です

なぜかといえば・・・お給料のわりに大変だということです。 たとえば 週1でも ほとんどほかの曜日も教案作ったり 資料作ったりで たった週1の授業をするのに 拘束されている時間のおおいこと おおいこと それで このお給料?って なって みんなおやめになるのですね。 ほかの仕事を持っていて 経験積むため という私のような人間にとっては まだ我慢できるのですが、これで生計をたてようと思ったら 無理です。 専任教師にならない限り。非常勤では食べていけません

それでも需要はどんどん増えるばかり・・・・もう少し 働ける環境(お給料の面とか 授業のやりかたとか すべて)にしないと難しいと思います。

とはいえ 教師をする側も 一応教師ですから それなりにきちんとしないといけないと思います

私が行っている学校で ひどいことがありました。 4月から入ってきた教師 が授業をすっぽかして南の海で遊んでた。。。ありえねぇええ~~~~  その前の週も その前の週も なんだかんだといって 休もうとしてた、、、、だったら 自分でちゃんと 辞めますと言えって 思います。最低最悪な人間です

日本語の教師って いわゆる大学で教員になるような過程の勉強しなくても資格がとれるわけです。だから ま 誰でも資格は取れる。。。。これから日本語教師も教員資格をもった上で 日本語教師の勉強してる人となったほうがいいのではと思ったりします。

教師の質が悪いと 遠くから日本にきて頑張っている生徒さんたちはお気の毒です。教え方が下手なのとその教師の質は別物ですから。。。教え方が下手なのは経験を積んでいくことで解消できる(と信じます) が 教師の質(人間性)は経験を積んでも変わらないし。。。。質の悪い人間が教え方が良くても それはダメでしょ(でもそういうことはあまりない気がしますが)

人にものを教えるというのは本当に難しいです あ~~教案 仕上げないとです。。。。

Mille Joies Planning
Mieko SATO

日本語教師ヴォランティアの養成講座

Bonjour

日本語教師の資格をとってから早1年が経とうとしております、、、なかなかいきなり先生をするのは難しく、、、よくわかってない人は簡単に 「やればできるよ」 なんていいますが そんないい加減にはできないのです。ましてや 相手は外国人・・・
やはり経験を積まないといけないと思っていたとき、日本語教師の資格をとるための大学 で知り合い友人つきあいしている Kさんから連絡をいただきました Kさんの住んでいる街は 国際交流協会という団体があり (ちなみに私の街にはありません。おくれております) そこで外国人にヴォランティアで日本語を教えているのです。 その授業をまずは 見学にいきましょうと・・・・さっそく 見学へ  その日はたまたま 人数がすくなかったとのことでしたが、中国の方 ベトナムの方 がいらしてました。とても熱心に勉強されてて 感動でした
鶴ヶ島 日本語ヴォランティア


そしてそのあと Kさんは 今度3週にわたり 日本語教師のヴォランティアをされる方のために養成講座が市であるので参加しないかとのお誘い もちろん 二つ返事 KさんのすむT市在住でなくても受けられるというので ま 少々遠いですが、、、 30分。。。参加することにしまして、、、第一回の講座を受けてきたのです。
講師の先生は公益社団法人 国際日本語普及協会(AJALT)の方で 年配にもかかわらずエネルギッシュで素敵な先生でした。その先生のおっしゃってたことが ひとつひとつ 納得で、、、まず 日本語学校ではないこと。=生きた日本語を教えること。 同じ市民として対等の立場で接すること(先生とは呼ばせない。さんづけ) 文型重視ではなく 生活のための日本語であること。お互いの文化を学ぶ姿勢をもつこと。 言葉と文化を教えること などなど
実はこれは 大学で日本語教師の資格を取る時に学んだことと ほぼま逆・・・ 当然といえば当然なんですね。一つは学校として きちんとした日本語を教えなくてはいけない=文法重視  またこのヴォランティア教師は 日本にすむ外国人が生活がスムーズにできるような日本語を教えなくては意味がない=生活重視

要は 日本語を学ぶ方々が どういう立場の方で なにを学びたいのかを きちんとうけとめて その人に必要な日本語を教えるということなのです。ですから 地域のヴォランティアは 資格は重視されてません。それより 親切に親身になってよりそって生活できるようにしてあげられる人が大事なのでしょう 

来週は 数人の外国人にいらしていただいて 講座をすすめるようです。本当に学問の語学と 生活の語学は違うのですね。 たしかに 日本にすむ日本人の日本語は 文法的にはそうとう ひどいです でも まったく生活には問題ありません。。。。言葉ってそういうものなのかもしれませんね

私はやはり 日本にすむ外国人の人が生活に困らないようになってほしいので、、、この国際日本語普及協会(AJALT) の考え方に賛同します

Mille Joies Planning
Mieko SATO
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Mille Joies

Author:Mille Joies
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      コンシェルジュ 

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